ふっつりと人の途絶えた四つ辻で、山本は空を見ていた。
「おまえは?」
と言う獄寺の言葉に振り返る。山本は答えを返さなかった。
「獄寺は?」
「俺は行きてえとこがある」
「そっか」
ついてくる、とは山本は言わない。言わないだろうと、獄寺も思っていた。
「じゃ、俺はチビたち見てんな」
山本は小さな二人を抱き上げた。獄寺の足下で、鬼ごっこをしていたところだった。
「迷子にするんじゃねえぞ」
山本はいつものように笑う。頭の上に、ランボがよじ上っている。そんな眺めに、獄寺もなんとなく笑った。
「後でな、」
「ああ」
獄寺は、振り返らずに四つ辻を歩く。地下基地からここまで、一緒に歩いてきた人間達は、四つ辻で見事にバラバラに散った。
獄寺と、それから山本以外はみな、自分の家を見に行ったらしい。
──俺は、いい
もともとが、借りの住処だと決めていた。10年前の見知らぬ町は、10年経っても見知らぬ町だ。けれど、こうして歩き出してみれば、風景のあちこちが良く知ったもののような気がしてくる。それが獄寺には不思議だった。
──あの角で、10代目が犬に吠えられて、
この公園では、よく山本に出くわした。
住宅街のはずれの公園で、獄寺は足を止める。
後で気がついてみればそれは偶然などではなかったのだ。
──あの、ストーカー野郎
あのころから、ずっと、山本は獄寺の傍にいたがった。
──どうして、
獄寺は、そんなことを考える。それは今でも、獄寺にはわからないことのひとつだ。きっと一生、わからないのかもしれない。
獄寺は思う。今、こんな風にひとつの場所を目指し道を急いでいる。その理由が、少しもわからないように。
見覚えた角を曲がると、商店街の外れに出た。
並盛中学校から歩いたのではなかったから、いつもとは違う道順を辿った。
思っていた場所に出たことで、獄寺は少し、安堵する。これはいつもとは逆の道、10年前には毎日のように、山本と歩いた道だった。山本はいつも、獄寺を送っていくと言い張った。
──あった
木造の、古くはない店構えが、獄寺の目に飛び込んでくる。
飲食店らしい、清潔な白い壁と、磨りガラスを嵌めた引き戸。獄寺の覚えているそのままだった。けれど、いつもは出ているはずの暖簾と、日よけのための大きな幕が、今日はどこにも見当たらない。店の前には薄い影だけが落ちている。曖昧な日差しの投げる薄い影、獄寺自身の影だった。
獄寺は、二階を見上げる。山本の部屋の窓も、閉め切ったままだった。
──当然、か
苦い味が、口の中に広がり、獄寺は自分が唇を噛み締めていたことに気がついた。
──オマエは正しい
獄寺は、思う。
山本が何を思い、ここへ来なかったのかはわからなかった。山本のことだから、きっと理屈ではなかったのかもしれない。
それでも、
──オマエは、正しい
ここへは来なかった山本の気持ちが、獄寺には少し、わかるような気がした。
胸に十字を切りかけ、獄寺は手を止める。
いつものように、暖簾のあったあたりを見上げた。
──また、来るぜ
獄寺は店に背を向けた。また来る、とそれは誰にむけた言葉だったのか。獄寺にもわからなかったけれど、くすんだ薄い青空に、獄寺は目を上げる。四つ辻でわかれたきりの、山本のことを考えた。
落ち合う時間まではまだ早い。山本はどこにいるのだろう。獄寺にはそれが、わかるような気がする。
獄寺は足を急がせた。どうして、自分は足を速めるのだろう、そんなことを考えた。
──たぶん
獄寺は公園を目指す。ほとんど走るような早さだった。
きっと、ただ、帰り着くだけのために。
END