パンチェッタと豚肉を炒め、キャベツを放り込む。それから、飲み残していた白ワインを注いだ。
料理の上にジャガイモを並べ、一度、山本は手を止める。
ソーセージは、最後に入れた方がいいのかもしれない。少しの間考えたけれど、
──ま、いっか
結局全部入れてしまうことにする。
鍋の蓋をすると、山本はセラーを覗きこんだ。ワインが冷えているのを確かめた。
今日の料理ならワインは白か、思いきって日本酒でもいいかもしれない。それでも、獄寺は気まぐれに赤も飲みたがるから、床に置いていた数本を山本はセラーの上に選り分けておく。
「よし、」
口に出したところで、獄寺の気配に気がついた。
「メシ」
眠たそうな声だった。
獄寺は部屋着のまま、半分眠ったような顔でキッチンの扉によりかかっている。
「もうちっと待っててな」
山本は獄寺の前に立つ。食べ物の匂いにつられたのか、獄寺は山本の肩越しに湯気の立っている鍋を見つめた。洗ったままの髪が一房、頬のところでほつれている。山本が手を伸ばすと、獄寺はくすぐったそうに顔をしかめた。
「なに作ってんだ」
眠そうな顔はそのままだったけれど、状況を判断するのは早かった。山本がいつもとは違う料理をつくっている、そのことに気がついたようだ。獣の仔のように鼻を動かし、流れている匂いに眉をよせる。
「できてのお楽しみ」
山本は獄寺を抱えるように、キッチンから押し出した。
「あ?」
後ろ手にドアをしめると、獄寺は首を傾げる。きっと酢の立ったワインの匂いしかしなかったのだろう。そのまま、山本を見た。
「オマエ、俺になに食わせる気なんだよ」
「惚れ薬じゃね」
山本は笑った。獄寺は思いもしないだろうけれど、今日の料理は以前アルプスを通りかかったときに、獄寺が目の色を変え注文した料理だ。美味しそうに、懐かしい、と呟いていたのを憶えている。
「馬鹿だろ、てめえ」
「バカでいいからさ」
けれど、懐かしいと言うのがどういう意味だったのか、山本は今日まで聞きそびれていた。
──俺が獄寺に作る料理なんて、
山本は笑う。
媚薬か惚れ薬に決まってる。
「んだよ、バァカ」
眠たそうな顔のまま、獄寺は勢いの無い悪態をついた。それからくしゃみをした。リビングに戻ると、部屋は十分温かかったけれど、寝起きの獄寺には寒いのかもしれない。ブランケットを拾い上げ、山本は獄寺の肩にかけた。
「少しは、眠れたか?」
「腹減った」
「もうちっとだからさ」
山本は獄寺を抱え、ソファの上に沈み込んだ。リビングのソファの上は、獄寺が眠っていた形のままに、クッションが積み上げられている。
「待っててな」
獄寺は眉をよせた。
「メシ」
小さな子供を説き伏せているようで、山本はそれが可笑しくなった。獄寺は瞬きをする。それから何か思い出したように山本を見た。
「何、つくってやがるんだ」
「惚れ薬、って言わなかったけ」
獄寺は山本を睨みつける。それはもう幼い子供の顔ではなかったけれど、やっぱりいつもの、はっきりと目覚めているときの獄寺の迫力はなかった。
「できてのお楽しみ、ってな」
ふいに興味を無くしたように、獄寺は山本の身体の上に顔を伏せてしまった。どこからか這い出して来た嵐の子猫が、獄寺の隣に丸くなった。
──ほんとに、
声を殺し、山本は笑った。
──猫が2匹いるみてえだよな
寒がりで、眠りが浅く、昼間は眠ってばかりいる。そんなところはこの10年、獄寺は何も変わっていなかった。本当は、オンとオフの切り替えが下手で緊張を解くのが苦手なのだと、そのことは、山本にも随分前からわかっている。
──俺が獄寺に作る料理なんて、
山本は思う。
──媚薬か、惚れ薬に決まってるじゃねえか
獄寺が何も変わらずにいた10年の間、山本はどうしたらこのきれいな生き物が自分の傍にいてくれるのか、そんなことばかりを考えていた。
温かい場所を探すように、獄寺は山本の腕の中で身じろぎをした。そうして、結局は抱きよせられた形のまま、山本の上で丸くなった。
酸味のあるワインの匂いはいつか、温かい料理の香りに変わっている。湿り気の残った銀色の髪に、山本は指を通す。
──俺の傍が居心地が良かったら、
山本は思う。
キャベツとソーセージ、それにジャガイモを煮込んだだけの簡単な料理を、あの日獄寺はクラウティ、と呼んだ。それはこの国でも、オーストリア、スイスに接する国境の界隈でしか見かけない料理だ。
そんな料理を懐かしいと言った理由も、いつかは獄寺は話してくれるのだろうか。
──俺の傍が居心地が良かったら、
山本は笑った。話してくれなくても構わないから、とそんなことを考えた。髪を撫でれば、獄寺は溜め息のように息をつく。銀色のきれいな獣は今、山本の傍で食餌を待ってうたた寝をしている。
──ずっと、ずっと、傍にいてな
山本の言葉が聞こえたように、獄寺は薄く目を開いた。それから、
「クラウティ」
と呟いた。
とても眠たそうな声だった。
end
おまけ:クラウティの作り方→

