「俺は得たぜ、獄寺」
やけに迷いなく、山本が言った。獄寺は山本を見上げる。
久しぶりに、中学生みたいなもの言いを聞いた。獄寺が見上げても、山本は顔をあげなかった。スキレットの中のパスタをかき混ぜることに神経を注いでいるらしい。
ペンダントライトだけの淡い灯に、湯きりしたばかりのパスタが踊っている。一点集中した時の山本の表情は14歳の頃から変ってはいなかった。
わからないのは、料理をする時と戦闘中と、どちらも同じ表情をみせる、その精神構造だ。
「パスタのコツは水と油なんだよ」
キッチンのカウンターの上に、獄寺は頬杖をつく。
山本は器用に、パスタとソースを和える。手にしているものがトングではなく箸だということを除けば、イタリア人の料理人みたいだった。
「オリーブ油だけじゃなくて、パスタの水分もいるのな」
水と油がきれいに混ざると、ソースになるんだなどと言うから、
──それは乳化って言うんだよ
そんな言葉は、口に出すのを止めてみる。
言ったところで、山本は覚えないだろう。水と油が常温では混ざらないことも、きっと山本は気にしない。
──オマエ化学できなかったもんなあ
キッチンのスツールに後ろ向きに腰掛け、獄寺はあくびを噛み殺した。
「なんだ、眠くなっちまったのか」
何か食べたい、と言い出したのは獄寺だったけれど、このタイミングでやっぱり眠くなったと言ったとしても、山本はきっと怒らない。
トマトと菜の花だけの夜食むけのパスタが、踊るように皿に移されていく。
「眠ぃけど」
「うん」
「食ってから寝る」
山本は少し笑った。
この国で暮らすようになって散々失敗していたパスタを、山本はとうとう作れるようになってしまった。茹で加減から始まって、ソースの作り方まで、少しずつまともになった。一体どこでどうやって覚えて来るのかはわからなかったけれど、そこに「乳化」なんて言葉は出て来ないだろう事はなんとなく想像がつく。
山本にとってはパスタのつくり方を覚えることも、野球と大して変らないのかもしれない。
野球と、そして剣を振るうこととも。
馴染んで、消化して、いつか自分のものにしてしまう。まるで少しだけ、手足が伸びただけだ、とでも言うように、あたりまえの顔をして。
子供の頃の獄寺には、山本のそんなようすが羨ましくて、そして癪にさわるばかりだった。
皿に移されたパスタの匂いに、獄寺は目を細めた。ガーリックと、トマトと、冴えるようなオリーブ油の匂いがする。
──おまえも、イタリア人だったらよかったのに
「少し、飲むか?」
山本は返事を待たずにグラスに手をのばした。山本自身が飲みたいのかもしれない。
獄寺は頷いた。
──俺も、日本人だったらよかったのに
冷えているものの中から、山本は少し辛口の白ワインを選ぶ。こういう取り合せは日本人の血のせいなのか、と獄寺は思うことがある。
菜の花とトマトにはわずかな甘みがあることに、白ワインを出されて初めて獄寺は気がついた。
──いつか
山本がパスタを作れるようになったみたいに、自分も春の野の花や淡い魚の味がわかるようになるだろうか。そう思うと、なぜか笑えた。
たぶん、一生無理だろう。
「獄寺、機嫌いいのな」
なんで、と山本が素の顔で聞くから、
「言わねえ」
獄寺はもう一度、唇でだけ笑った。手渡されたワインのグラスは冷たく冷えている。グラスとグラスの合わさる澄んだ音がした。
「いただきます」
「Buon appetito」
二つの声が重なった。まるで、計ったみたいに、
互いに自分の生まれなかった国の言葉を口にするのも、いつの間にか慣れた習慣。
「味は」
「まーまー」
獄寺なりの最上級の賛辞に、山本が笑った。
「春の味がしねえ?」
と。



END