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「なんだよ、ソレ」
「獄寺、早起きしたのな」
玄関にしゃがみ込んだ山本は、獄寺を見るとそんな風に言った。弾むように息を切らしている、その息が白い。
「早起きじゃねーよ」
もう日は高いから、早起きとは言い難い時間だ。
「なんなんだよ、それ」
「なにって、ツリー?」
山本が家に引き入れようとしているのは大きなもみの木だった。山本の手にも余るくらいだから、真直ぐに立てたらきっと、天井に支えるほどだろう。
「…でかすぎだろ」
二人暮らしのアパルタメントには不釣り合いな大きさだった。
「こういうの、大きいほうがいいんじゃね」
たぶん、獄寺が見立てたボンゴレ館のクリスマスツリーよりも大きい。
「ったくてめえは」
後先を考えろとか、限度ってものがあるだろうとか、罵倒の言葉は喉まででかかって、消えた。
──『クリスマス、しような』
こんなにあからさまなクリスマスのしるしを持ち帰られては、もう何を言うのも子供じみている気がする。
──来年には二人とも、二十歳になるのに
「寒みぃ」
文句の変わりにそう呟くと、山本は声もなく笑った。
「だよな」
笑って、獄寺の髪に触れる。そのまま、寝間着替わりに着たシャツの衿をかき合わせられ、獄寺は首を竦めた。
「てめえの手のほうが冷てえよ」
「ん、ごめんな」
もみの木を挟んだままのアパルタメントのドアは閉じるにも開くにも中途半端なまま、そこから冷えた空気が流れ込んでいる。山本はしていたマフラーを引き抜いて獄寺の肩に広げた。淡い温もりに獄寺は両手を潜り込ませる。山本は何かを思いついたように、もう一度、獄寺を見て笑った。
「な、俺の懐、開けてみて」
「え?」
「ダウンの前」
言われるままに山本のジャケットの前身を開くと体温ではない暖かさが流れて来た。空腹を刺激する匂いに手を差し入れれば、暖かいイタリア式のサンドウイッチの包みが現れる。
「朝飯作ってる暇ないと思ってさ」
コーヒーも買って来た、と言われて山本の示す先を見ると、さすがにそちらは玄関の脇に置かれていた。
コーヒーと朝食を抱えると、暖かさが身体に伝わってくる。
「もうちょっと待っててな」
「ああ」
うっすらと眠気すら覚えるその暖かさに、獄寺は山本の肩に頬を寄せた。作ったばかりのサンドウイッチとコーヒーの香りに混じり、青い木の香が流れて来る。クリスマスツリーの下に立つと、そういえばいつもこの香がした。
「プレゼント、木の下にいっぱい置こうな」
そんな言葉に、
──ああ
ゆうべ、山本に手を捕まれるまで、何を見ていたのかを思い出した。ツリーとその下に積まれたプレゼントの山、そんなものを見ていたのだ。ツリーとプレゼントの山と、その前に立ちずさんでいた幼い姉と弟らしい二人づれ。
それは獄寺の記憶の中の風景にとても良く似ていたから。
──別に、プレゼントが羨ましかったわけじゃねぇ、つーの
「俺いっぺんやってみたかったんだよな。こういうの」
寒さのせいか赤味のさした山本の横顔は、楽しそうな笑をうかべている。
「うちも男所帯だったからさ、やったことねえし」
獄寺は山本の背に寄りかかった。暖かい上着の背に少しだけ顔を埋めた。
いつからだろう、姉と二人ツリーの下に座り、プレゼントを開けることをしなくなったのは。
いつからだろう、プレゼントの山の中をいくら探しても、そこに自分の欲しいものはないのだと気がついてしまったのは。
「外国の映画みたいなツリーにしような」
「どんなだよ」
答えた声に無意識に笑いが混ざった。
獄寺の気持ちをおもんばかったのか、本当に一度やってみたかったのか、山本の笑顔から、推し量ることはできなかったけれど、
「クリスマスったって、休暇なんてとれるかわからねえぞ」
──どっちだって、かまわない
「そこはとろうぜ、イタリア人らしく」
山本は獄寺を振り返る。
「てめえは、イタリア人じゃねえつーの」
樅の木の匂いに、獄寺はうすく目を細めた。自分がうかべた表情が笑なのだということに、獄寺は気がつかなかった。
「なあ、獄寺」
額を寄せてきた山本が同じ表情をうかべ、
「なあ、」
溜息のような吐息とともに、
「もっと、笑って」
そんな風に、耳もとに囁くまでは。
END