1. Prolog




部屋の明かりはついたままだった。
自分も、その部屋を使っている人物も、宵っ張りなのはわかっていた。こんな時間ならば、執務室の護衛達も、もう立ったままで眠り始める頃だ。
そんな風に思って、窓からの侵入を試みた。その額に、
「残念だったね、G」
部屋の主の銃口が押し付けられた。
「人が悪りいな」
ドン・ボンゴーラ、と呼びかけようとして、Gは止めてみる。いつからか忘れ去られたGの本当の名とは違って、この男にはまだ、呼ばれるべき名前がある。
「ジョット、」
「手をあげなよ」
「無理」
開け放した窓枠の下に、Gは腕一本でぶら下がっていた。型通りの降伏のジェスチャーをしてみせるには、腕の数が足りない。ジョットと呼ばれた青年は、撃鉄に指をかける。聞き慣れた音がした。
Gは笑った。
「君たちは本当につまらない」
「たち?」
ジョットは銃を収めた。
窓枠を飛び越えると、Gは執務室の床に降りる。夜風はまだ冷たい季節だから、開け放していた窓を閉める。そうしてから、本当はそろそろ季節ではなく、別な理由で窓を閉めるようにした方がいい。そんなことを考えていた。
「そう、君たち」
ジョットの声はおもしろがっているようだったけれど、Gにはその複数形の代名詞に覚えが無かった。
「このまえ、雨月に同じことをしたんだけどさ」
まったく同じ反応だった、と、ジョットは実ににつまらなさそうな顔をした。
「雨月のヤツがなんで窓から来るんだ?」
「君がしているのを見たらしいよ」
──そもそもなんで見てんだ、って話だよな
「ここ登れんのは、俺ぐれえだと思ってたのに」
やっぱり、大概、身の回りに気をつけろ、そんなことを言おうと振り返ると、
「うん」
ジョットはGの前に掌を差し出していた。
「ああ」
Gは背中に挟んでおいた報告書に手を伸ばす。
「さすが、仕事が早いね」
「書き残しといた方が、こっちも都合がいいだろ」
二人で始めた自警団も、今では数百人を下らない組織になっている。Gの言葉の意味に気づいたのか、ジョットは口の端でだけ笑った。組織が大きくなった分、ジョットの名と、その名の持つ意味もまた変わっている。
──俺が、名前を亡くしたように
自警団だった組織が、いつの間にか別のなにかに変わってしまったように。いつからか、人はジョットをドン・ボンゴーラと呼び、その右腕はGだと、彼をその名でしか呼ばなくなった。
あるいは、Gの本当の名を知るものがもう誰も生きてはいないのだと、そんな風に言えばいいのだろうか。
「いい首尾だ」
「そうだな」
Gは立ち上がった。本当の名、とそんなことは考えても仕方がないような気がした。
「ご苦労さま」
めずらしく、ジョットは溜め息のような息をつく。
「しんどかったろう?」
「まさか」
けれど、言わてみれば、そうなのかもしれなかった。それでも、笑い飛ばす台詞なら、Gはほとんど反射のように口にすることができる。
「眠みいだけだ、つーの」
「君がねえ」
立ち去りかけたGの背に、ジョットの声が追いかけてきた。
「これ、雨月にも報告してね」
「は?」
思わずGはおかしな声を出してしまった。彼の主人は、何か面白そうに笑っていた。
「あたりまえだろ、雨月が立案した計画なんだから」
「だからって、俺が?」
「雨月の世話係は君」
立場も忘れ、Gは盛大に舌打ちをした。
「そう言わないで」
ジョットはまた、面白がっているように笑う。
「月が、きれいな夜なんだしさ」
独り言のような言葉だった。





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